ショーン・タンの作品をどさっと読んでみた

失踪者たちの画家」の前半部分を読んでいる時、ショーン・タンの「ロスト・シング」の街のイメージが頭を過ぎったので、図書館で出来得る限りのショーン・タンの本を借りてきた。
ショーン・タンの作品との出会いは、2020年の2月に石巻市にある石ノ森萬画館に訪れた際に企画展が行われていたからだった。たまたまやっていた企画展に立ち寄り、「ロスト・シング」のアニメーションを見、弟が大変気に入り、その時に図録を買ったのだった。
という訳で久しぶりに思い出した作家であった。

実際に読んでみると、「失踪者たちの画家」のあの不可思議な街は「アライバル」の雰囲気にも似ているかもしれない。主人公があの街にとって「外から来た人」であるという共通点がそうさせるのか。
一方、「ロスト・シング」を真っ先に思い出したのは、「国家ハンパ・ガラクタ管理局」のくだりがイメージされたからだ。私はこういう「街もの」が好きなのかもしれない。

せっかく色々な作品に触れたので、ひとつひとつ簡単な感想を描こうと思う。発行順に並べてみた。

ロスト・シング

処女作だったのか。知らなかった。
謎の生き物を描くのが得意な人なのだと思う。無機質なのになぜかかわいらしさのある迷子の場所探しを手伝ってあげる物語。

ロスト・シング


上述の通り映像化もされており、アカデミー賞受賞。

ロスト・シング DVDボックスセット

レッドツリー

呑み込まれそうな暗い気持ち。それはいつだって襲ってきて、自分を圧倒してくる。というのが絵によってよく表現されている。
そんな中でも必ずどこかにある赤い葉。最後にはすくすくと育っている。

ちょうどAmazonプライムでシン・ヱヴァンゲリヲンを見ていたので、読み終わった後に「希望はあるさ、どんな時でも」という渚カヲルの言葉がなぜかリフレインした。

レッドツリー


A5サイズの対訳本も出ているらしい。

レッドツリー―希望まで360秒

アライバル

現在出ている絵本の中では最も写実的な絵柄で描かれる、全編文字のない絵本。移民が、やってきた街になじむまでの物語。しかしあの街では1人1人に一匹ずつ謎の生物がつくのだろうか。パートナーデジモンみたいで羨ましい。
巨人の街のくだりで宮崎駿の「シュナの旅」に出てくる黄金の小麦畑で耕している人を思い出した。

アライバル

遠い町から来た話

15篇の小さな話が入った短編集。
このうち「ペットを手作りしてみよう!」は「ロスト・シング」の、「ぼくらの探検旅行」は「夏のルール」の変奏のようにも見える。「底を流れるもの」や「名前のない祝日」は「内なる町から来た話」に入っていそうな動物もの。また、「エリック」は下記にあるように切り出されて絵本になっている。
個人的には「記憶喪失装置」の新聞形式がユニークでお気に入り。周りに配置された断片的に読める記事は皮肉が効いている。「『事実の過信つつしむべき』と大臣」「メルイトダウン、むしろいいこと」など、見出しだけでもすごい内容である。

…わが党が新たに購入した焼却炉により、不正行為を証明する書類はいっさい残っていないので、私にとって不利な証拠は何一つ出てきようがありませんからな。先見の明と…

遠い町から来た話

エリック

「遠い町から来た話」に収録されていた話が切り出されて単独の絵本に。「エリック」という小さな小さな留学生の物語。本のサイズもエリックの小ささに合わせてか小さくなっている。

なぜか用意した部屋ではなく台所の戸棚で眠るエリックのことを「きっとお国柄ね」「いいじゃないの、本人がそれでいいんなら」という母親の言葉が温かい。
交換留学生との交流が思い描いていたものと違っていたり、まあいいかと受け入れたり、そういう心の動きが自分にも覚えがあるような気がするし、最後の顛末は素敵な気持ちになれる、そういう絵本だ。

エリック

鳥の王さま

こちらは絵本ではなく、ショーン・タンのスケッチ集。既に絵本になったものの習作もあるし、アイディアのためのスケッチもあれば、実際の人物のデッサンのようなものもある。

鳥の王さま —ショーン・タンのスケッチブック

見知らぬ国のスケッチ

こちらも絵本ではなくスケッチ集だが、上記の「鳥の王さま」が様々なスケッチを収録していたのに対して、こちらは全て「アライバル」のためのスケッチ集となっている。どんな写真をオマージュしてこの絵を描いたのかなど、著者自身の解説が入る。

見知らぬ国のスケッチ:アライバルの世界

夏のルール

「ぼくらの探検旅行」のような兄弟のひと夏。最後のページを見ると兄弟の空想が広がっていたのか、二人は不可思議な世界に行っていたのか。
パーティーでオリーブを取ろうとしているページにいる鳥頭のスーツの人達のビジュアル、好きだな。脱出ゲーム「Rusty Lake Hotel」でも動物頭のキャラクターがたくさん出てきて好きだったことを思い出した。

夏のルール

セミ

虐げられる社員のセミが、最後には……というブラック寄りな絵本。ショーン・タンの作品は基本的には大人向けだなと感じる。

セミ

内なる町から来た話

様々なイラストと、それに付随する物語。基本的に動物と人間の話。物語は1ページテキストのものもあれば、5?11?ページに渡るテキストのものもあり、イラストと交互に展開されるものもありと様々な種類がある。必ずテキストの方が初めに来るので、どんな絵が来るのだろうと情景を想像しながら読み進め、最後に答え合わせにように絵がやって来る。
しかし前述の「セミ」とこの本は特に、著者は心底人間は愚かしく虚しい生き物だと思っているように感じられる。それは私がそう思っているからなのか。率直に言えば、人類の愚かしさに息が詰まりそうになる話が大半の本である。

以下各話で特に気になった話の一言二言感想。(「犬」は別項目に後回し)
ワイセツな「カタツムリ」の話は巨大怪獣感があって好き。

「猫」の話は泣いてしまった。動物と一緒に暮らしている人の描く話だなと思った。
「魚」の話の生きている間のきらきらさ、死んだ後の濁り果てた泥のような姿。
「肺魚」の話。人面魚だー!シーマンだー!と思っていたら進化の速度が速い。
「トラ」の話。今読むとコロナのことみたいにも感じる。マスクをつける、つけない。
「カバ」の話。天才少年ともてはやされ、やがて世間に迫害される男の話。
「オウム」の話。著者のエッセイのよう。実際にオウムを飼っているとか。
「ハチ」の話。カタヤマ夫妻と、おそらく桜の木の話。
「ヤク」の話。「ヤクだ、もうすぐヤクが来る」どうも日本語にすると薬中毒者に聞こえるな。

「魚」の話。美しくて残酷で汚濁にまみれた話。

「そいつは黄金の円盤のようにきらきらきらきら光りながら僕らの頭上で大きく輪を描き、下で自分を確実に殺す二つのもの――重力と、僕らと――から逃れ、なんとか自分を吸いあげてくれる上昇気流をつかまえて、暗闇の中に戻ろうとしていた。それは世界でいちばん美しい眺めだった。生き物の形をした光が、頭上で命の最後の弧を描くのは。」

「豚」の話。ベーコンと暮らす、というの一時期話題になったよな、とか、豚インフルで豚の親子を注射で殺処分するニュースがあったな、とか、そういうものが頭を過ぎった。

内なる町から来た話

ショーン・タンの世界 どこでもないどこかへ

なんと一般発売されているので、図録ながら私が使用している市井の図書館にも収蔵されていた。家にもあるのだが。

ショーン・タンの世界 どこでもないどこかへ

いぬ

また、「内なる町から来た話」に収録されている犬の話が切り出されて単独の本になった。(他の人の感想を見ていたら「シングルカット」と表現している人がいて「それだ!」と思った)
しかし、「いぬ」が「内なる町から来た話」からの再録だということはもう少し周知してもよさそうなものだが。


(訳者のTwitterではきちんと告知されている)

しかし、著者の最後のコメント部分がとてもいい。犬とは、どんな時でも前向きで、希望を与えてくれる生き物なのかもしれない。

いぬ

改めて読むと、やはり「ロスト・シング」と「アライバル」は好きだ。「エリック」もお気に入り。この辺りは購入予定だが、「ロスト・シング」は企画展で上映されていたアニメーションもよかった記憶がある。DVDになっているのだが、これはどうしようかな。

ショーン・タンの公式サイトでも一部イラストを見ることができるほか、インタビューやエッセイ、FAQなどが掲載されている。
https://www.shauntan.net/

 

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