チェスの話

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図書館の書棚からずっと手招いている本があった。
「お前、チェスに興味があるんだって?」
まあ、そうね。
頷きつつも素通りすること三回。
四回目の訪問は8月の下旬であった。
8月上旬は大量に本を買いすぎたし借りすぎていて、下旬になって落ち着いて読めそうになったのでやっとこの本を手に取った。シュテファン・ツヴァイクの「チェスの話」である。

チェスの話??ツヴァイク短篇選 (大人の本棚)


この本は表題作を含めて4篇からなる短編集である。シュテファン・ツヴァイクという作家のことは何も知らなかったが、1942年に亡くなっており、収録されているどの作品にも戦争が影を落としている。

目には見えないコレクション

今年に入ってからじわじわと物の値段が上がっている。コロナという病気に戦争と、平和な時代は失われつつあるのかもしれない。情けないことに、人間は「平和な時代」なるものを長期間に渡って続けることはできないらしい。
第一次世界大戦後にドイツで起こったハイパーインフレーションという現象。世界史の教科書を眺めていた人間ならば札束で遊ぶ子供たち或いはトラックの荷台か何かに札束がどっさり載った写真を覚えているであろう。
物の値段がガツンと上がり、パンを買うにも苦労する。知識として聞いていても、なかなか実感することはなかった。これから体感することになるのだろうか。
それはわからないが、今作はそのハイパーインフレーション真っ只中の絵画コレクターの話である。
家族は明日の糧のために彼の絵画をとうに売り払ってしまっている。しかし、彼は目が見えなくなってしまったので、差し替えられたコレクションを毎日大事に触り、訪れた古美術商に実に精密に絵の説明、買った時の思い出などを話していくのである。

表題作のタイトルに気を取られていたので、こういう話が来るとは思っていなかったので驚いたし、先日「本で床は抜けるのか」を読了したばかりの身としては非常にしんどくも美しい話だった。コレクションの一つ一つに思い出があり、自分が亡くなるまでは手元に置いておきたい……。
「コレクション」とは何なのか。
ここまで保有している物一つ一つを、触りながらしっかり自分の頭の中に思い描けるだろうか。そう思っていないから、こうしてブログに文章を書いているのだが…。

書痴メンデル

この一風変わった人物は、本以外の世間のことはなに一つ知らなかった。なぜなら、存在のあらゆる現象は、活字に鋳られ、本のなかに集められて、いわば消毒されたときにはじめて彼にとっては現実のものとなりはじめるからである。

この世間に対する無頓着さで、税金の支払いとかうまくできているのだろうか…と思ったらそういう類のことは一切していなかった。彼はロシアからウィーンへ密入国してきており、住民登録もしていない。それでも彼の生活はカフェで書籍仲介をすることで三十年、成り立っていた。そんな彼にも戦争の影響が忍び寄る。戦争していることを知らないメンデルは、平気で敵国にある書店に手紙を送るがそれが検閲に見つかり、強制収容所に送られてしまうのである。
メンデルの商売相手たちが手紙を送ったことにより、二年後に出てくることはできたが、もはや往年の姿ではなかった。そうなると親類もなく、金もなく…と晩年の彼の姿の描写は非常につらいものがある。オーナーが変わったカフェからも追い出されてしまった。三十年通った彼の居場所から。

この無頓着さが「悪かった」からメンデルはこうなっても「仕方がなかった」のだろうか。

不安

他の三編とは少し趣が異なり、不倫していた妻が「相手の奥さん」に追い詰められる話。妻の心の揺れ動き方の描写が見事だと思う。
しかし同時に、他の三編と異なるために話に入り込みづらかったのも確か。

チェスの話

先日「ソニック・ザ・ムービー/ソニック VS ナックルズ」の吹替版を見に行った際に、あまりにも慌てていて眼鏡も本も忘れ、携帯の充電は出発時点で38%、モバイルバッテリーも無しという状況で家を出ていた。映画は前方の席を確保することで楽しく鑑賞できたのだが、その後店に入って昼食をとる際に非常に手持ち無沙汰になってしまった。携帯の充電はこの段階で20%近くで必要以上にいじるわけにもいかず、仕方なしに鞄に入っていたレシートを眺めて過ごしたのだ。本は家にたくさんあるのに。

一切何もない部屋にいると、人間の精神は容易く崩壊するだろう。
この話に登場するB博士の置かれた状況になったら、少なくとも私は耐えられない。たった数時間でも仕方なしにレシートを読むくらいである。
B博士の、看守から盗んだ本をきっかけに、本に書かれているチェスの内容を貪るように頭に入れ、頭の中でチェスまでできるようになる下りが一番好きだ。
「クイーンズ・ギャンビット」(まだ二話までしか見ていない)のベスは薬の力なしには見ることの叶わない空想上のチェスだが、B博士は置かれた環境ゆえに精神を分裂させながら行えたのである。
そういえば「クイーンズ・ギャンビット」でも同時試合の描写があった。今作でも出てきたが、メジャーな手法なのだろうか。

いくつかいつものチェス用語とは聞き慣れない訳語が書いてあったのでメモ。
将棋盤 無論チェス盤のこと。
シチリア式初手 シシリアン・ディフェンスのこと。チェスのオープニングの有名な定跡。
詰みはメイト?
無勝負はスティールメイト

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読書
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