日常にある見えない殻を破るのは難しい(チェスをする女 読了)

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原題:La Joueuse d’échecs

パラパラとめくっていたらとても読みやすく、するすると数ページ読んでいたのでそのまま続きを読むために借りた。

平易な文章でゆるやかに描かれる情景。著者の筆力もあるし翻訳のうまさもあるのだろう。
著者はドイツ語が母語だが、フランス語で小説を書いているそう。この本も原作はフランス語だ。

チェスをする女


チェスを始めた中年の女性、エレニがストーリーの中心にいる三人称の小説だが、心情描写がひらりひらりと頻繁に他の人物に移るのが面白い。三人称の小説であっても場面転換時以外は登場人物の視点を変えないという手法もあるだろうが、「この時の娘の考えは」「オーナーの考えは」というのが知れて嬉しいな、と読んでいて思った。
エレニは駒も初めてじっくり見たような初心者なので、「とんがった形の駒」が何の駒のことを指しているのかなど、こちらで考えるのも楽しい。また、ビショップは「道化」の意味があるという箇所。ちょうどブログ記事を更新した後に読んだのでタイムリーだなと思った。
定跡は「シシリアン・ディフェンス」しかわからないので、読んでいて色々な定跡があって楽しそうと感じた。

しかしチェスに熱中するエレニの周囲の状況、つらい。家族の世話をし、仕事をし、何の趣味も持たず周囲の人とおしゃべりして平穏に流れていく日々。熱中するものがなければ、それで万事うまく流れていくはずだった。
チェスに夢中になっただけで噂されて笑われる!
どういう状況なんだ、恐ろしい。「村(小さいコミュニティ)で生活する」負の側面の描かれ方でもあるなと思う。噂を流す「親友」、怒り狂う夫……。

「親友」が常日頃話す噂話のくだりを読んでいると、ネガティブな話題で盛り上がりすぎる人と仲良くするのは難しいなと常々思っていることを改めて感じる。愚痴が全く言えない関係というのもそれはそれで窮屈すぎるが、ネガティブな話題のみで繋がっている人間関係は、次から次へと攻撃対象を探しがちになってしまうものだと感じる。

エレニの「人に自分が熱中しているものを話したくない」という気持ちがよくわかる。私もそのテーマでブログを書こうとしてお蔵入りさせていたのだ。
エレニのような目には合わないにしても、自分の熱中しているものを相手に話して同じ熱量で返ってくるわけでもなく。「ふーん」「何がそんなに楽しいの」という反応が関の山だ。まあ私の場合、あまり興味を持って聞かれてもそれはそれで困るという厄介な性質があるのだが……。

そしてクロス先生の考え方にも共感してしまう。人と関わるより読書の方が良い。シン・エヴァンゲリオンで碇ゲンドウの独白を聞いた時と同じく、身につまされる思いになる。
しかしクロス先生とコスタの関係もいい。クロス先生は嫌だろうが、コスタが病院に来れてよかったと思う。

何も起こらない物語かというとそうではない。新しい物事に挑戦することはそれ自体がいつも大きな冒険だし、チェスに熱中していく描写は自分が何か新しい物事にハマった時のことを思い出させてくれる。

最後に、文中によく出てくる知らないお酒の種類があったのでメモしておく。
ウーゾ……リキュールの一種
アラキ酒……蒸留酒の一種?Wikipediaでアラックと表記されている酒だろうか?

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読書
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